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田所邦雄のコラム

ブランドは社員の力で作る インターナル・ブランディング
3. インターナル・ブランディングで業績を高める


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効果的なインターナル・ブランディングのために

これまでインターナル・ブランディングの重要性について考えてきましたが、強いブランドの構築は全社で取り組む経営戦略です。ブランド戦略の成功には、すべての社員が自社のブランドについて共通の理解・認識を持つと共に、ブランドの提案価値の実現に積極的に取り組むことが不可欠です。

社内でブランドに関する認識が共有化され、消費者に提供するべき価値の理解が徹底されると、各業務の方向が統一されます。ブランドを基軸とした統合的な企業経営が可能になり、効果的なブランド構築が図れます。また、求心力が高まり、戦略の達成に向けて一丸となって取り組む組織風土が生まれます。

また、ブランド戦略の推進にあたっては社内で度々不協和音が生じます。過剰な価格プロモーションの実施やブランド・アイデンティティに合致しない商品の投入等、ブランドを犠牲にしても短期的な売上や利益を求める動きは多くの会社に見られることと思います。こうした動きを抑制し、的確に対応するためにも、社内へのブランド意識の徹底は欠かせません。

社員が自社のブランドの素晴らしさを確信していなくて、消費者がブランドにロイヤルティを持つでしょうか?精神論のような言い方ですが、ブランドは関係するすべての社員たちの強い信念と夢を持った日々の行動によって築かれるものです。

ブランド戦略というと、広告等を通じた社外へのコミュニケーションばかりが注目されますが、社内へのブランド・コミュニケーションは、ブランド構築の起点となる重要な作業です。

具体的には、先ず、ブランドが自社の重要な経営資源であり、利益の源泉であることをすべての社員が理解し、社内にブランドを大事にする意識を醸成します。また、自社のブランドが消費者に提供するべき価値、消費との約束について、全社の理解を徹底しなくてはなりません。

このため、研修やイベントの実施、ブランドブックの配布、社内のイントラネットの整備等、様々な方策が行われます。しかし、教育も有効ですが表面的な知識・理解から更に進んで、社員たちがブランド構築に積極的に関わり、情熱的に取り組むレベルまで徹底するには、ブランド戦略の立案に社員を参画させる等、ブランドに関する社内の論議を活性化し、社員たちのブランドへの関与を高めることが必要です。


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インターナル・ブランディングの具体的な方策

私がLVMHグループのファッション・ブランド、クリスチャン・ラクロワの日本法人の責任者に就任した当時、社内は混乱状態にありました。と言うのも、新たにライセンス事業に進出した直後に前任者が退任し、責任者不在の状態が長く続いていたためです。新事業は方向が定まらないまま低迷し、社員たちのモチベーションも低下しており、そのような中で事業を再構築し、社内をまとめるのが私の最初の課題でした。そこで、社員たちと積極的にディスカッションすることとし、「消費者にクリスチャン・ラクロワブランドはどのような価値を提供するか」といったテーマについて、連日深夜まで議論を交わしました。結果、それまでバラバラに運営されていた各事業に一体性が生まれ、社員たちにもブランドを発展させて行く強い意志が感じられるようになりました。更に、新任の責任者に対する求心力が急速に高まったことは言うまでもありません。

以来、私は新しい会社に移った時は、先ず社員たちとブランドに関するディスカッションを行うことにしています。また、新事業への進出等、会社が転換期にある時も、社内でブランド論議を行い、消費者に対するブランドの提案価値を確認することを欠かしません。単なる議論に終わらせず、「ブランドの提案価値を実現するため自分(自部門)は何を行うか」、といったテーマで、各部門や個人に行動計画をまとめ、提出させると一層効果が高まります。

また、これらのディスカッションをオフサイトで行うことも有効な方策の一つです。御木本製薬で、社員たちと盛んにブランド論議を行ったことは前回も少し触れましたが、大規模なリストラの後、新たな事業モデルを構築する戦略を円滑に進めるためには、ブランドの提案価値を確認すると共に、社員たちのモチベーションを高め、ブランド戦略への関与を強めることが必要だったのです。ミキモト・グループの創始者、御木本幸吉は、昔、月1回社員と鰻を食べながら話し合う「どんぶり会」を開いていたそうです。鰻は真珠貝を食べる真珠の天敵だから、とのことですが、鰻を食べながら話し合うと皆、不平不満も率直に語り、幸吉翁の話を良く聞いた、と言われています。そこで、私も「どんぶり会」を復活させ、連日若い社員たちとブランドについて話し合いましたが、(さすがに1週間鰻の夕食が続いたのは苦行でしたが)効果は大きく、彼らのブランド戦略実現に向けた情熱的な取り組みが、経営再建の大きな原動力になりました。

時には厳しい意見や質問もありますが、真摯に対峙することにより信頼が生まれます。胸襟を開いて率直に話し合うことができるのがオフサイト・ミーティングの利点です。ジャイロ経営では、戦略実現に向けた社員の情熱的なコミットメントを獲得する方法として、戦略オフサイト・ミーティングを提唱していますが、インターナル・ブランディングでもオフサイトのコミュニケーション活動が大きな効果を発揮します。

社内へのブランド・コミュニケーションと共に、効果的なインターナル・ブランディングのため、検討しなくてはならないのがHR(Human Resources)マネジメントです。オフサイト・ミーティング等により社員たちのモチベーションを高め、ブランド構築への積極的な取り組みを促進しても、長期に継続させるには、こうした動きを支援し、評価する制度・システムを整備しなくてはなりません。

表彰制度やブランド構築への貢献を取り入れた人事評価等が考えられますが、この点で参考になるのがLVMHグループのHRシステムです。

LVMHが、売上が2兆円を超える巨大グループでありながら"Small is beautiful, but not always."を事業戦略の基本としていることは、秋元氏もコラムで紹介されていましたが、その背景には、「ブランド事業の成功には強いブランド・アイデンティティの構築・保持が最も重要である」、という考えがあります。そして、ロジスティックスや財務・会計、購買等の面では規模の利益や相乗効果を追求しますが、各ブランド企業にはかなりの自律性が与えられます。また、「ブランド事業の成功はマネージャーの経営スキルと創造性、モチベーションに懸かっている」、という考えから、MPP(Management of Performance & Potential)と呼ばれる管理システムにより、業績と能力が評価されると共に、人材育成計画が作られます。そして、様々な教育研修の機会が与えられる他、タスクフォース、国を超えた異動等により社員たちの競争心を助長しながら、成長の手助けが行われます。グループの急成長、好業績の陰には、社員の能力とモチベーションを高める、効果的なHRマネジメントシステムがあるのです。

インターナル・ブランディングでは、こうした活動の積み重ねによって社員たちのブランドに対する理解・関与を深めますが、最終的にはブランドの提案する価値が組織の価値と同一となるようなレベルまで浸透させ、組織内にブランド構築の文化を作らなくてはなりません。

私がLVMHグループに入社した時に驚いたことは、誰もがブランドの重要性を当然のように認識しており、ブランド価値を低下させるような方策は話題にすら上らなかったことです。毎日の事業運営の中でブランドの力を実感してきたからでしょう、強いブランドを持つ企業にはブランドを大事にする意識が根付いています。


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ブランド経営におけるトップ・マネジメントの役割

ブランド戦略の推進には、トップ・マネジメントが重要な役割を果たします。強いブランドを有している企業は、不思議なことに、ブランド構築の強い文化を持っていますが、こうした文化はトップ・マネジメントの強力なリーダーシップによって作られます。

経営トップは、常に社内に対しブランドの重要性を考えていることを示し、ブランド構築に具体的な支援を行わなくてはなりません。逆に、ブランドを危険にさらす行為に対しては曖昧にせず、はっきりと指摘し、時にNOの判断を下さなくてはなりません。

ブランドの一貫性を保つのは至難ですし、社内にはブランド構築に対する様々な圧力もあります。こうした中でブランドの一貫性を貫き、ブランドに悪影響を及ぼす行為に「NO」と言うのはトップ・マネジメントの仕事ですし、企業の中で「NO」と言えるのはトップだけです。

社員はこうした経営トップの姿を見ています。そして、トップの判断を自分たちの価値基準として、同様の行動を取ります。こうして、ブランドを大事にする組織文化が創られるのです。

実際ブランド事業を経営しているとブランド構築と短期的な利益との間の葛藤には常に悩まされます。 経営トップには常に短期的な成果を求める強い圧力がありますので、厳しい判断が求められます。しかし、一度でもブランドに合わない活動を行うと消費者の信頼が崩れると共に、社内の価値観が曖昧になり、求心力が低下してしまいます。逆に、ブランドを守り通すことにより、ブランドは、また、企業は強くなっていきます。

ジャイロ経営の基本は、基本軸をしっかりと定め、常にブレのない経営を行うことにありますが、ブランド経営においても、企業の消費者に対する約束である「ブランド」を基軸とし、常に一貫性を持った企業経営を行うことが必要とされます。

更に、ブランドの重要性やブランドの提案価値を直接社員に伝えることも、トップ・マネジメントの重要な役割です。多くの成功してきた企業では、経営トップがブランドの魂を社員に直接伝えてきました。こうすることにより、ブランドの精神や価値が表面的な理解を超えて社内で共有され、ブランドの発展に向けた情熱が生まれます。

極言すると、ブランド経営の成功はトップ・マネジメント次第と言っても良いでしょう。「経営トップのリーダーシップとコミュニケーションにより、如何に社内にブランド理解を徹底し、ブランド戦略の実現に向けた情熱を創り、維持することができるか」、ブランド経営の成功は正にインターナル・ブランディングの成否に懸かっています。

ブランド経営の成功のためには、ジャイロ経営思考が欠かせません。


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終わりに

本コラムの執筆をする中で、何人かの方から大変貴重なアドバイスをいただきました。是非今後の参考にさせていただきたいと思います。アドバイスをいただいた方々には、心より御礼申し上げます。


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  代表 秋元征紘が
  ジャイロ経営をご説明します。